|
アテネ五輪バドミントン男子ダブルス日本代表
舛田圭太/大束忠司ペア
(2004.08.11)
|
|
2004年5月6日、アテネ五輪男子ダブルス日本代表と発表された舛田圭太/大束忠司ペアの2003年5月1日から2004年4月30日までの出場権獲得チャレンジをまとめてみます。世界ランキング(WR)は、2004年5月1日付け。 |
グレード |
大会名 |
他国五輪代表予定ペアとの対戦結果1 |
大会最終日 |
成績 |
他国五輪代表予定ペアとの対戦結果2 |
バドミントンのシングルスとダブルスは、求められる技術や戦法が少し異なり、大会期間中に相前後して行われる両種目を兼ねることは、体力的に負担が大きいことから、世界では、どちらかのスペシャリストとして戦う選手が大勢となっています。
しかし、日本のトップ選手である舛田選手は、シドニー五輪2000に単復両種目での出場を目指しました。高校1年生のジュニア日本代表遠征からのパートナーである大束選手が出場権獲得レース終盤にケガを負い、ダブルスでの出場はかないませんでしたが、シングルスで待望の五輪選手となり、銅メダルを得た中国のシャ選手にファイナルと善戦しました。
今回、紆余曲折の末、ダブルスに絞ってチャレンジしたアテネ五輪には、もちろん大束選手と出場します。
舛田圭太選手は、1979年2月27日、石川県生まれ。石川県
金沢ジュニアバドミントンクラブ、石川県 犀生中学校、石川県 金沢市立工業高校、日本体育大学を経て、トナミ運輸バドミントン部所属の25才(アテネ五輪開催時)。右利き。アテネ五輪強化指定選手。シドニー五輪には、シングルスで出場。ダブルスでは、アテネ五輪が初出場。
国内でのシングルスのおもな戦績は、2年時、全国高等学校大会優勝、全日本ジュニア優勝、全日本総合選手権大会準優勝。3年時、全国高等学校大会優勝。大学1年時、全日本総合選手権大会準優勝。2年時、3年時、全日本学生大会優勝。大学2年時の1998年〜2003年、全日本総合選手権大会5連覇など。(大束忠司選手と組んだダブルスについては、下記参照。)
東京運動記者クラブ バドミントン分科会、1999、2002年度最優秀選手受賞。トマス杯2000予選、2002予選、2004、アジア大会2002日本代表。ヨネックスオープンジャパン2002
シングルス ベスト4。
大束忠司選手は、1978年4月30日、長崎県生まれ。長崎県
高丘バドミントンクラブ、長崎県 大浦中学校、熊本県 八代東高校、日本体育大学を経て、トナミ運輸バドミントン部所属の26才(アテネ五輪開催時)。右利き。アテネ五輪強化指定選手。五輪初出場。
国内でのおもな戦績は、2年時、全日本ジュニア新人の部シングルス優勝。3年時、全国中学校大会シングルス優勝。3年時、全国高等学校大会ダブルス優勝、全日本ジュニア優勝。1年時、4年時、全日本学生大会シングルス優勝。など。(舛田圭太選手と組んだダブルスについては、下記参照。)
トマス杯2000予選、2002予選、2004、アジア大会2002日本代表。
ふたりのダブルスでは、 高校1年時、オランダジュニア ベスト8。大学2年〜4年時、全日本学生大会3連覇。同2年〜3年時、全日本総合選手権大会2連覇。社会人1年目の2001年〜2002年、全日本社会人選手権大会2連覇。2002年〜2003年、全日本総合選手権大会2連覇、日本ランキングサーキット2001、2002、2004優勝。など。
高校生の頃からバドミントン界のスターと目され、日本を代表する立場を自覚した舛田選手は、大学2年生にしてシングルスと大束選手と組んだダブルスでも日本一のタイトルを獲得しました。
バドミントンを愛し、日本のバドミントンの行方を常に考え、プライドを持って自らの意志で行動する舛田選手。そのパフォーマンスは、日本国内に留まらず、国別対抗戦スディルマンカップなどの国際的団体戦などの場でも光っていました。
おしゃれで、友人との酒やおしゃべりが好きな大束選手。社会人になって2年間は、就業のかたわら、大学院生として学んでもいたことを気づかせない活躍でした。山本静香選手との混合ダブルスも進化し続けています。
やっと手にしたアテネ五輪出場。晴れの舞台でふたりの最高のバドミントンを見せて下さい。楽しみにしています!
【関連リンク・参考文献】
*日本バドミントン協会
アテネオリンピック情報のサイト
舛田圭太選手 大束忠司選手
*国際バドミントン連盟のサイト
World Badminton
Online
Latest
Results のサイト
*国際バドミントン連盟のサイト
World Badminton
Online
舛田圭太選手(男子複)のプロフィール
*国際バドミントン連盟のサイト
World Badminton
Online
大束忠司選手(男子複)のプロフィール
*トナミ運輸バドミントン部のサイト
舛田/大束ペアが所属している
*JOC
アスリートメッセージ
バドミントン 米倉加奈子 舛田圭太 山田英孝
*北陸中日新聞
加賀能登発 聖なる火〜アテネへの道〜
ダブルスでリベンジ
バドミントン舛田圭太選手(25)
*北日本新聞社
アテネ五輪特集
強力スマッシュが武器 バドミントン
舛田圭太
*金沢市立工業高校
舛田圭太オリンピック出場激励会
動画が見られるのがうれしい。
*富山新聞社
きょうのニュース
富山の精鋭、五輪へ闘志 バドミントン3選手が喜び語る
舛田圭太選手 、大束忠司選手、山田せい子選手
*ヨミウリ・オンライン
富山から聖地へ アテネ五輪
バドミントン 大束忠司・舛田圭太選手
*ジャパンネットワークツアー
伊藤みどりのモーリシャス生情報!
ニッポン・チャ・チャ・チャの巻
モーリシャス国際2004に参加した舛田/大束ペアに偶然出会い、応援することになったみどりさんのレポート。
*インターネットKNB(北日本放送株式会社)
バド・舛田大束選手強化合宿
動画が見られるのがうれしい。
*くまにち.コム(熊本日日新聞社)
アテネへGO! 県関係選手の素顔
バドミントン男子複、混合複 大束忠司
アテネ五輪県関係選手 特集
五輪開幕まで1ヵ月
バドミントン 大束忠司
ウェブTV
バドミントン代表 大束、吉冨が県庁訪問、アテネでの健闘誓う
映像と声が Macromedia Flash Player で再生できる。
*北日本新聞社
アテネ五輪特集
冷静なダブルスの名手 バドミントン
大束忠司
*長崎新聞
長崎発 アテネへ 頑張れ県勢 アテネ五輪
バドミントン(男子複・混合複)大束忠司
*バドミントン情報 from 京都
全日本の大会の結果情報ならこちら。
見やすく充実の内容がうれしい。
*カレント・コラム
トマス杯・ユーバー杯代表とアテネ五輪出場
日本代表選手〜2004.9
*カレント・コラム
2003年日本のトップ選手は?
*バドミントン・マガジン 1998年12月号
「第49回全日本学生選手権」
*バドミントン・マガジン 1999年2月号
「新春スペシャルトーク
舛田圭太 x 大束忠司」
はじめてペアを組んだのは高1の時
オランダジュニアでベスト8
「クラブ訪問 金沢ジュニアバドミントンクラブ」
舛田選手が通った父が監督を務めるバドミントンクラブ
*バドミントン・マガジン 1999年6月号
「YONEX OPEN JAPAN `99」
舛田圭太が世界9位から殊勲
「二世の時代」
舛田一家
大束一家
*バドミントン・マガジン 1999年7月号
「世界選手権`99」
舛田圭太が世界5位に勝利 ベスト16
*バドミントン・マガジン 1999年12月号
「第54回国民体育大会」
大束忠司 歓喜の凱旋
「第50回全日本学生選手権」
*バドミントン・マガジン 2000年4月号
「巻頭インタビュー」
舛田圭太
「小学、中学、高校でも技術的な指導はされてない。」
*バドミントン・マガジン 2000年8月号
「日本代表9人 シドニーへの思い」
*バドミントン・マガジン 2000年10月号
「Court Cruising」
大束忠司
*バドミントン・マガジン 2000年11月号
「シドニー五輪レビュー」
舛田圭太のオリンピックロード
「シドニー五輪開幕!」
*バドミントン・マガジン 2001年1月号
「全日本総合選手権2000」
舛田圭太
「アテネ五輪はダブルスでめざす」
舛田圭太のオリンピックロード
「アテネでメダルを獲る!!」
*バドミントン・マガジン 2001年5月号
「密着!王者はこうしてつくられる」
舛田圭太
「バドミントンが好き。それだけは誰にも負けない自信があります。」
*バドミントン・マガジン 2001年8月号
「セビリア世界選手権2001」
舛田/大束ペア スディルマンカップで世界4位を破る
*バドミントン・マガジン 2001年11月号
「第44回全日本社会人選手権」
舛田&大束がデビュー戦飾る
*バドミントン・マガジン 2002年6月号
「YONEX OPEN JAPAN 2002レビュー
重い扉が開かれた。」
舛田圭太が歴史的3位!
*バドミントン・マガジン 2002年10月号
「アスリートの履歴書 18」
大束忠司
「釜山アジア大会展望」
*バドミントン・マガジン 2003年1月号
「全日本総合選手権2002」
舛田圭太が2人目の5連覇
舛田&大束に3年ぶりの栄冠
「王者 舛田圭太の強さを探る」
「アテネ五輪戦略を考える」
*バドミントン・マガジン 2003年4月号
舛田圭太&大束忠司 スペシャルインタビュー
*バドミントン・マガジン 2004年1月号
「全日本総合選手権2003」
舛田/大束が4度目のV
*バドミントン・マガジン 2004年4月号
「ワールドランカー名鑑」
*バドミントン・マガジン 2004年6月号
「アテネ五輪代表決定」勝負はこれから!
*バドミントン・マガジン 2004年7月号
「トマス杯/ユーバー杯レビュー」
この輝きとともに前へ
*バドミントン・マガジン 2004年8月号
「五輪日本代表インタビュー」
いざアテネへ!
*バドミントン・マガジン
舛田圭太のオリンピックロード
*バドミントン・マガジン
2003年〜2004年の各号 ほか
|
|
|